「捨象」で病気を考える
治らない病気、治せない病気を目の当たりにして、現代医療の限界を感じましたが、
それが私の医者としての再出発点になりました。
限界を突き破る何かを考えることが、これからの医学に求められているものに違いないと直感したからです。
また末期のガン患者さんの治療を通じて、治らない病気、治せない病気は
患者さん自身の生活史と深い関係にあることがわかりました。
人それぞれの生活史は周囲の環境と切っても切れない関係にあります。
人それぞれといっても、必ず時代が反映しています。
丸ごと病気を捉えたいと思ったら、時代の反映を考えざるを得ません。
そのことを私にはっきり突きつけてくれたものがガンであり、現代医療では治らない病気、治せない病気、
つまり患者さんの数が急増している生活習慣病だったわけです。
「捨象」という言葉があります。捨象とは物事を抽象、あるいは抽出した後に残ったものです。
最近、知ったことですが抽象という言葉は、明治時代に入って作られた和製漢語だそうです。
Abstractの翻訳語です。清代の中国へも移入され、今では日中とも同じ意味で使われています。
物事の本質として抽象・抽出化されたものを材料として発達してきたのが科学です。
EBMを何よりの基礎にする西洋医学は、代表的なものでしょう。
事実は一つではありませんから、いろいろ組み合わせて使われていきます。
研究が進めば進むほど枝分かれしていきます。専門性が高くなっていく、とも言えます。
現代医療の中では医者も専門外ことは分からなくなってきています。
患者さんも、どの診療科に行けばいいのか迷ってしまう事態にもなっています。
まあ、病気が治るなら、その程度のことはたいしたことではないでしょう。
でも、現実は治らない病気、治せない病気の存在に医者自身が麻痺してしまっています。
これは患者さんにとっては大いに問題なのですが、実は患者さんの方も麻痺しているのです。
そして、医者の診断、治療に任せているというのが実情ではないでしょうか。
本質を捉えたと思っていた科学(西洋医学)=抽象の産物が、通用しない病気があることがはっきりしてきたのです。
「捨象」という言葉は抽象化する、科学化するために捨てられたものです。この捨てられたものを再度、
付け加えないと病気は丸ごと見えてきません。
私はそのための重要な視点の一つが、病気は時代の反映である、という認識だと思っています。
そのことの具体的例は至るところに現れています。いい例がアレルギー病の増大ぶりです。
アレルギーは人間に備わっている自然治癒力の免疫機能が起こす病気です。
体内に入ってくる異物を排除するため抗体と呼ばれるものが作り出されます。
異物(抗原)が侵入すれば抗体が働きます。その際、過剰に反応し過ぎるために生じるのがアレルギー症状です。
本来、私たちが持っている機能が関係しているわけですから、治すわけにはいきません。
ただし症状は免疫活動が低下すれば抑えられます。
ステロイド剤など免疫抑制効果がある薬剤が使われることになります。
アレルギー反応を抽象=科学した結果の治療法といえるでしょう。
しかし、体への悪影響がある異物を排除する免疫を抑えてしまうのですから、
アレルギー症状は治まっても他への影響は避けられません。
アレルギーという病気(正確には発熱や咳、下痢と同じ防御反応がもたらす症状)は、
先進工業国と呼ばれる国に増えているという特徴があります。
文部科学省が最近(2007年4月)、全国の公立小中学校に通う全児童・生徒(約33万人)を対象にした
アレルギーの実態調査を公表しています。
それによると蕁麻疹(じんましん)など食物アレルギーを持つ子どもさんが約33万人もいて、
1学級(40人)に1人はいる計算になっています。喘息(ぜんそく)の子どもさんは約73万人、
アトピー性皮膚炎の子どもさんは約70万人となっていますから、
1学級に5人以上はアレルギーに悩む子どもさんがいるわけです。
花粉症のことを考えると大人もアレルギーに悩む時代になっています。
スギの花粉量など増えた要因はいろいろ分析されていますが、決定的な原因はわかっていません。
花粉症のアレルギー現象は抗体の中でもIgE抗体と呼ばれるタイプが過剰反応を起こすことで現れます。
そもそも、このIgE抗体がなぜ体の中に存在するのかよく分かっていません。
花粉症を起こすために存在しているわけではないでしょう。
花粉症の研究は英国が先鞭をつけたものです。
英国の花粉症の直接的な原因は牧草ですが、その英国でも花粉症と思われる症状は、
ある時期までまったく記録に残っていません。人間の免疫機能が突然、変わったとは考えられません。
結局、それまでにはなかった異物(環境因子)が入り込むようになったため、
IgE抗体が過剰反応を起こすようになったのだろう、推測されています。
花粉症および他のアレルギーは環境の変化が生んだ病気である、と考えられているわけです。
病気を抽象+捨象で考えるとアレルギーという病気がより理解できると思います。
体を守る免疫機能は生存するため、つまり全体の環境に適応するため獲得したものです。
ところが全体の環境が変わると免疫機能さえ適応しきれなくなったことが、
抗体の過剰反応=アレルギーの増加を招いている、といえるからです。
社会構造や環境構造など全体環境は私たちがつくり上げてきたものです。
その全体環境が本来適合するはずの自然治癒力さえも合わなくなっている、と考えるとガンや
慢性疾患の原因が見えてくるはずです。
それではガン診療で何が捨象されたのかを考えてみましょう。
そうすることで今のガン治療の実態が理解されてくるでしょう。
ここでもう一度、抽象と捨象について確認しておきます。
数字、言葉、画像、グラフなど医者が説明に使うものはすべて科学的であり、抽象の産物であるということ。
つまり捨象したものが必ず存在するということ。これらのことをまず頭にいれておいてください。
“診断する”とは今の段階での体(臓器)の変化に名前をつけることです。
この名前は個人的なものではなく、ある基準によって決まります。
つまり患者さんが違っても診断基準が同じであれば同じ診断名がつきます。
すでにこの時点で多くのことが捨象されています。それは個人的な生活史です。
ガンになる原因はひとつだけとは思いませんが、診断名には一切の原因についての記載はありません。
治療は診断がつくことからスタートします。
ガン治療ではなぜガンになったのかということは必要としないのです。
いかにしてガン細胞を消失させるかが目的となります。
手術、抗ガン剤、放射線これらはすべてがん細胞を消失させようとする方法です。
ガン細胞を消失させるという行為においても捨象されてしまうことがあります。
それは治療効果の個人的な差です。
科学的なデータ(抽象の産物)を基に治療が行われますが、
その時には個人の体質、免疫力、体力、精神力などは捨象されているのです。
人間はデータどおりにはいきません。
早期ガンであれば科学的(西洋医学的)治療でも対処できますが、進行ガンとなると話が違ってきます。
原因となるものを捨象した診断で個人差を捨象した治療を行ったとしても治療成績にばらつきが出てしまいます。
治せると言い切れる治療法ではないのです。
私は西洋医学的治療を否定しているのではなく、抽象の産物であるがゆえに科学的診断、
治療には限界があるということをわかっていただきたいのです。
捨象された生活史、生き方の中にガンの本質があるのです。
抽象化された学問を学んできた医者にはわからないのです。
治せないのは医者の責任ではないのです。
私は患者さんが診断、治療に際して捨象された自分の歴史を振り返り、生き方の変更を決断すれば
治療効果は自ずと満足できるものになると考えます。
西洋医学的診断、治療の限界を説明しましたが、代替療法も同じ抽象の産物です。
捨象されたものは自分で拾ってこなければならないのです。
私たちが作り上げてきた全体環境(社会といっていいでしょう)に私たちの心身が適応しているなら、
病気が増えることはないはずです。もちろん、適応しているのは人間だけではありません。
細菌もウイルスも適応を繰り返しています。
だからいまだに風邪にもかかりますし、新型ウイルスの誕生に脅えなくてはいけません。
病原菌は構造が簡単な分、容易に変化します。
進化論の創始者、ダーウィンに有名な言葉があります。
「強いものが生き残るのではなく、賢いものが生き残るわけでもない。
生き残れるのは変化するものである」という名言です。
現在、今後の日本についてさまざまな議論がなされています。
このままではいけない、との認識の高まりでしょう。そのことは当然です。
ただ私はその議論の先に違和感があります。
「このままでは大変なことになる」という認識が「現在の状態を最低限保つための方策を考えよう」
という議論としか聞こえないからです。
健康ブームにも同じ思いをしています。健康を考えることは長寿社会にとって不可欠ですが、
現在の自分を維持するために何かいい食材はないか、いい運動はないか、
いい栄養素はないか、と望むだけで、自分が変わることへの視点は皆無です。
売り込む側も説得力をもたせるため、あやふやで怪しげな科学的データを盛んに吹聴します。
本当にそれでいいのでしょうか。何度も繰り返しますが、ガンは患者さんの生活史の中にあります。
生活史はそれまで周囲の環境、社会に適応してきた結果です。
ガンを含め治らない病気、治せない病気は、これまでの適応ではいけない、と警告しているのではないでしょうか。
治らない病気を治すカギは、それまでの自分を一八〇度変えることにあるのです。
それまでの自分≠ニはそれまでの環境、社会≠ノ適応しようとしてきた自分です。
真面目に、常識的に生きてきたのです。
しかしそのことがガン発生の原因の重要な部分となっていると考えられます。
ガンを治すのではなく、自分の生き方を変えるのです。
西洋医学的に治癒不能とされても治癒したという症例は代替療法で治ったのではなく生き方を変えた結果、治ったのです。
ガンを克服し病気から身を守れる社会づくりは、昔のいい時代に戻ることでもなく、
現在の自分を守ることでもなく、まずは自分が変わることです。
何年後、何十年後か分かりませんが、私のこうした考えが、
一番EBMに基づいたものと評価されるはず、と大きな期待をもっています。
私は医者です。病気を治すことが仕事であり、患者さんを治すことに最高の喜びを感じている人間です。
治すことに役立つなら西洋医学も東洋医学も代替医療も何でも使いたい、と思っています。
西洋医学だから治せる、東洋医学だから治る、
代替医療にしか治せないなど一つの立場に固執するつもりは毛頭ありません。
まっとうな医者(嫌な言葉です)なら誰でもそう考えているはずです。
そして患者さんも現状に固執することなく、自分を変えることが求められているのです。
ここから今後の医療が始まるものと考え、そうなることを信じています。
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